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 65支部合同懇親会と福地山山行

 平成18527日、奥飛騨一重ヶ根温泉「なかだ屋」において5支部合同懇親会が催された。岐阜支部にとって2巡目の担当となる。今年は連休明けから雨が多く、九州南部はすでに梅雨入りした。前線が長々と横たわり、明日の予報も午前60%、午後10%と思わしくない。午後6時、富山支部7名、石川支部12名、福井支部12名、京都支部4名、岐阜支部22名、総勢57名の懐かしい顔が集まった。早田支部長から歓迎のあいさつがあり、各支部の近況報告の後、懇親にはいる。各支部より差し入れの銘酒に宴は尽きず、8時半、福井・宮本支部長の音頭で散会となる。

 翌朝、幸い雨は降っていない。745分に宿を出て、福地温泉奥の「昔ばなしの里」駐車場に移動する。準備するあいだにも山にかかるガスは少しずつ降りているようだ。今日のリーダー白木さんの話があって8時に出発し、休憩所脇の登山道にはいったとたん、いきなりザーッと降ってきた。あわてて休息所に戻って雨具を着、傘をさす。ここから頂上まで標高差は710m、大降りにならないことを祈る。お酒の余韻を残しながらの山登りとなった方は、そぼ降る雨が頬の火照りを冷やしてくれるかもしれない。
 少し階段をあがり標識を見て左へ進み、杉の植林帯をジグザグに急登する。よく整備した幅の広い道の両脇には若いフキの葉が並び、咲き残りのニリンソウも見かける。20分ほどで第一休息小屋に到着すると、近くにヤマシャクヤクが咲いていて感激する。尾根の急登は続き、むれて暑い。850分小雨になったため上の雨具を脱ぐ。やがて植林帯が終わりブナやミズナラの若木の緑あざやかな自然林となる。右に尾根側コース、左に谷側コースの標識のある分岐に出て、尾根側コースを行く。傾斜は緩やかになり、925分無然平(1381)に着いた。大正時代、地元の社会教育に情熱をささげ、36歳で雪の安房峠に倒れた篠原無然の山荘跡で、無然の石像がある。
 しばらく登り、950分第二展望台に着く頃は薄日がさしてきた。しかしガスは厚く東に見えるはずの焼岳をおおっている。第三展望台の下をトラバースで通過。谷を隔てた目の前の斜面はすべて萌え始めた新緑におおわれ、しっとりと露を含んだ空気の中で若葉は穏やかに安らいでいるようだ。オオカメノキが白い花を咲かせ、ミツバツツジのピンクの花が艶っぽい。
 乗鞍岳が見えるという第四展望台を過ぎ、1020分福地山山頂到着に到着した。1671mの三等三角点にタッチする。青空ものぞいているのに見えるはずの北アルプスは雲の中。それでもビールと一升瓶が出れば気分は一転、山頂の宴が始まる。1045分、早田支部長が到着された。聞けば今日は74歳で青春まっただ中のお誕生日とか。プレゼントは用意してないので、みんなで歌ってお祝いする。下山の前に記念撮影をするころに北方の雲が流れ始め、山頂付近の沢筋に雪の残る大木場ノ辻が姿を現した。小さな双耳峰の端正な山容で、本日の唯一の展望に満足し11時15分下山にかかる。

 下りは1559mの第三展望台に寄ってみる。新しい標柱が建ち、眼下に高原川の流れが少し見える。下ったところで登りに使った広い道と別れ、細い尾根道にはいった。旧道らしく、ブナの若葉にシラカバの幹が映える気持ちよい本来の登山道である。15分で広い道に出て、無然平に12時到着。ここから再び来た道と別れ、右の谷側コースを下る。水色の屋根の第二休息小屋を過ぎ、10分ほどで尾根側コースに合流する。あとは植林地帯を延々と下るが、これが長い。登りは雨で周囲を見る余裕があまりなかったので、木の花や草花の写真を撮りながら歩く。木に咲く花は白が多く、トチ、ウワミズザクラ、コリンゴなど。足元にはイワカガミ、チゴユリが少しずつあるが、大きな群落は見られない。
 1250分駐車場着。福地は温泉のほかに日本有数の化石産地として知られている。ここからオソブ谷を上流へ1kmほど入ったあたりが、日本最古の化石発見地として話題になった一ノ谷で、国の天然記念物に指定され立ち入り禁止という。解散して「なかだ屋」にもどり、温泉につかって帰途に着いた。

                        〔記録11794久野菊子

[タイム]

昔ばなしの里駐車場(960)8:00(雨による再出発8:15)――第一休息小屋8:35――無然平(1381)9:25――第二展望台(1510)9:50――福地山(1671)10:20~11:15――無然平12:00――昔ばなしの里駐車場12:50               以上

 
h18年5月27日 福地山頂上にて 天気が良ければ笠ヶ岳がバックに見える筈

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